北極海の虹〜北極圏野生動物保護区



2010年6月。
カリブーの季節移動を求めて北極圏野生動物保護区を旅していた。
ブルックス山脈の北麓からコンガクット川をカヤックで北極海まで下り、北極海を漕いでエスキモーの村へ向う計画だった。

しかし、北極海の氷に阻まれ、僕たちは村まで行くのをあきらめた。
衛星携帯でパイロットのカークと連絡を取ると、「デマーケーション湾まで行けば迎えに行ける」と言ってくれた。
コンガクット川の河口付近はアイシーリーフと言われる砂州が陸沿いに細長く延びている。
その内側、つまり陸側は水深が浅く氷が張っていない。
そのため、リーフが延びているデマーケーション湾までならなんとかカヤックで行けそうだった。

3日ほどでデマーケーション湾の入り口までたどり着いたが、そこで僕たちは愕然とした。湾の入り口も氷が張っていてそれ以上カヤックで進むことができそうになかったからだ。
しかし、そこからカークが指定した場所までは直線距離にして約5km。
歩いてなら行けないことはない。
僕たちは山のような荷物とカヤックを少しづづ運ぶことにした。
とりあえずカヤックはツンドラに引き上げ、その場に置いて行くことにした。
北極海沿岸のツンドラを、後ろと前にバックパックを背負って歩く。
5km、と言っても道を歩くのとはまったく状況が違う。
ずぶずぶと足が沈んでしまうようなウェットツンドラ(湿地帯)もあれば、トスックと呼ばれている凸凹のあるツンドラもあり、1時間で1km程度しか歩けないこともある。
それでも、足元の可憐な花たちに励まされながら歩くこと数時間。
ようやく目的の場所に到着した。

そこはターナ川という、美しい川の河口だった。
地図で見ると北極大平原の中でもこのあたりが北極海とブルックス山脈の距離が一番近い。
美しいブルックス山脈と氷の張った北極海。
極北の美しさのエッセンスの詰まった風景にその日の苦労も吹っ飛び、僕たちは嬉々としてツンドラの平原にキャンプを設営した。


ただ、翌日はまたカヤックの置いてある場所まで歩いて戻り、大量の荷物を運ばねばならない。あと1回で済むのか、それともあと2回か・・・。
それを考えると気が重くなる。

その晩は疲れもあってすぐに寝てしまった。
しかし、風の音でふと目を覚ました。
眠れなくなる予感がしてテントからはい出す。
冷たい風に身震いしながら周囲をぐるりと見渡した。
いつもの習慣で、クマなどの危険がないか無意識に確認しているのだ。

クマはいなかった。
かわりに目に入ってきたのは、白夜の空にかかる虹だった。

カメラを取り出し、テントから出てシャッターを押した。
何か予感がして、北極海の砂浜へ行ってみた。
相変わらず海は氷に覆われていたが風向きは変っていた。


その翌朝のことだ。
海を見に行った僕たちは、思わず喜びの声を上げていた。
昨夜までびっしりと海を埋め尽くしていた氷が、沖へ移動していたのだ。
これなら、沿岸をカヤックで漕いでキャンプ地まで来ることができる。

昨夜の虹のことを思った。
あれは幸運の虹だったのかもしれない。






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