もしもクマがいなかったら・・・〜フェアバンクス


アラスカ州フェアバンクス。
今まで何度この街を訪れただろう。
北極圏を旅する時はいつもその様々な準備のためこの街に滞在した。

街自体は典型的なアメリカの田舎町で、郊外型のバカでかいショッピングセンターがあり、
ダウンタウン(中心街)は寂れていて、お世辞にも魅力的とは言えない。
でも、どこか他とは違う雰囲気がある。
街を取り囲んでいる森が極北の雰囲気を醸し出しているということもあるが、
なにより人がいい。
こんな現代アメリカでも、いかにも自然相手に暮らしているといった風体の人がけっこういるのだ。
身なりは決してきれいではないし、車なんてボロボロだ。
でも、話してみるとアラスカが好きで好きでたまらない、だから住んでいるんだ、という感じがひしひしと伝わってくる。
だからその自然に魅かれてやってくる旅人にも優しい。

旅人も様々な国からやってくる。
ドイツ、イタリア、ノルウエー、オーストラリア・・・。
彼らもまたアラスカの雄大な自然の中を旅したくてやってくるのだ。
だから会って話せばすぐに打ち解ける。

そして、そんな旅人の間で必ずと言っていいほど話題にのぼるのがクマのことだ。

クマに会ったらどうするか。
クマに会わないためにはどうするか。
クマは本当に人間を襲うのか。

などなど、話題はつきないし、結局正しい答えもない。
とにかく誰もがクマが怖くて、原野の旅を計画してはいるが、その不安を払拭できないでいる。

その時も、泊まっていた宿でまたその話題になった。
だいたい話しが尽きたところで、アメリカ人の男が僕をうながして宿の壁のところに連れて行った。
その壁にはクマの事故についての新聞記事の切り抜きが何枚か貼ってあった。
彼はその片隅に貼ってある1枚の紙を指差した。
見ると英文が書いてある。

If there wasn't a single bear in all of Alaska,
I could hike through the mountains with complete peace of mind.
I could camp without worry.
But what a dull place Alaska would be!
(もしアラスカにクマがいなければ、僕は安心して山々を歩くことができる。
なんの不安もなくキャンプすることができる。
しかし、そんなアラスカは、なんて退屈な場所なのだろう!)

それは、アラスカを撮り続けた写真家・星野道夫さんの文章の英訳だった。

確かにクマは怖いけれど、それはアラスカの自然が純粋であることの証。
だから人々を魅了しつづけている。

壁の文章を読んでから彼を見ると、彼はゆっくりとうなずいた。
誰もが同じ思いでアラスカの自然を見ているのだと思った。




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