はじめての川旅〜シーンジェック川


アラスカの原野を長期間にわたって旅をしようと思ったらカヤックがいい。
陸上では重くて邪魔者でしかないが、水に浮かべてしまえばこんなにいい乗り物はない。

この時使っていたカヤックは全長480cmの二人乗り。
ダブルのカヤックとしては小さい方だ。
それでも、二人の人間以外に100kg程の積載能力がある。
折りたたみ式で、木のフレームとポリエステルの船体布に分けて2つの専用バッグに収納できるので飛行機に積むことも可能だ。
いつかアラスカの川を旅しようと、5〜6年前に購入したものだった。
その後すぐにポリエチレン製の一人乗りカヤックを手に入れ、秩父の長瀞に通うようになった。
しかし、日本の川ではキャンプ道具を積んでの川旅をする気にはなれず、
結局、シーンジェック川のこの旅が、僕とそのカヤックの本格川旅デビューとなってしまった。


北極圏ではじめてのテント泊をした翌日、いよいよ出発の準備を始めた。
ていねいにカヤックを組み立て、山のような荷物をカヤックの中に収納していく。
3週間分の食料とキャンプ道具、衣類やショットガン、釣り道具・・・・。
カヤックの組み立てに1時間、パッキングには2時間以上かかっただろう。
出発する前に僕たちは疲れきっていた。

「ここでもう1泊してしまおうか」

ふとそんな考えが頭をよぎる。
そうしてもよかった。
1日にどれだけ進むのか、進まないのか、
どこで上陸し、どこで寝るのか、すべては自分で決めれば良い。
その結果はすべて自分の責任として引き受ければよいのだ。
僕たちはまったく自由だった。

結局その日、僕たちは出発した。
川の流れに乗ると、静かにカヤックは進みはじめた。
北極圏の風が僕たちを包み込んだ。
開放感で叫び出したくなるのを押さえ、しっかりとパドル(カヤックを漕ぐオールのようなもの)を握りしめ、漕ぎ出した。
周囲の風景がゆっくりと移動していく。
聞こえているのは川の流れの音とパドルが水を切る音だけだ。

しかし、楽しんでばかりはいられない。
僕たちを運んでいる川は水温5℃。
もし落ちてしまったら15分で命を落としてしまうだろう。
しっかりと前方の流れを読み、絶対に転覆などしないようにしなければならなかった。

ゆったりと蛇行した流れの時は漕ぐのを止め、流れにまかせて、ツンドラの平原に野生動物を探した。
どこからか瀬の音が聞こえてくると緊張し、時には岸にカヤックを着け、下見をしてから慎重にフネを進めて行った。

その日は2〜3時間漕いだろうか。
キャンプにちょうどよさそうな川岸を見つけたので上陸した。
まずはクマの足跡やフンがないかをチェックする。
大丈夫そうだ。
カヤックを岸に引き上げ、荷を降ろし、キャンプの準備を始めた。
北極圏の夕方はまだ陽が高い。
ゆっくりと場所を選び、テントの設営をし、流木を集め火を起こした。

これから3週間、こんな毎日が続いて行く。
まったく人の気配のない原始自然の中の生活。
漠然とした不安感と、静かな喜びが僕の胸に同居していた。

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