極北の川~シーンジェック川


僕たちの乗ったセスナは北極圏ブルックス山脈に入った。
周囲は森林限界を超えた青白い岩峰が続いている。
目の前に迫ってきた岩山を回り込むと、ふいに眼下の谷にいく筋もの流れが見えてきた。
シーンジェック川だ。
セスナは大きく旋回するとその中でもいちばん広い河原へ向かって降下していった。
一瞬緊張する。
が、何度かバウンスしただけで難なく着陸した。

セスナから降り、体を伸ばす。
エンジンの爆音から解放された耳に、川の音がやさしく響いてくる。
それ以外はシーンと静まりかえっていた。

ここは北極圏から直線距離で200km以上も北になる。
周囲に人の気配はいっさいない。
森林限界を超えた岩峰群、針のようなシルエットのトウヒの森、緑のツンドラの絨毯・・・・。
ずっと憧れていた北極圏の原始自然の姿だった。

子供の頃から何故か北米の自然に憧れていた。
その頃によく読んだシートン動物記の影響かもしれない。
原野を走るオオカミの群れ、森をひっそりと移動するオオヤマネコ、そして灰色グマなど、
日本では見ることのできない野生動物や広大な自然が本の中に広がっていた。
いつか、できるだけ長い時間をかけてその中を旅をしてみたいと思っていた。

その後、大人になっていく過程で様々な情報に流され、自然から離れていったこともあった。
でも、結局、僕はここに戻ってきた。
この旅を実現するに際していろいろと理由付けもしたけれど、
ようはこの自然の中に自分の身を置いてみたかっただけなのだと思った。
現代の日本の暮らしの中では見失いがちな、
生き物としての自分を感じる手応えが欲しかったのかもしれない。

それにしても周囲の広大な自然の中で僕たちはあまりにも小さかった。
憧れの地に降り立った感慨と同じだけの不安があった。
僕のそんな心境を察してか、パイロットは
「よい旅を!」と言ってニコッと笑った。
今回の君たちの計画は冒険なんかじゃなくただの「旅」だよ。
心配ない、とでも言いたかったのかもしれない。
最後に握手してパイロットはセスナに乗り込み、爆音とともに飛び去って行った。

セスナが視界から消えると、静寂が再び僕たちを包み込んだ。
ここから目的地のインディアンの村まで400km以上。
いよいよ原野の旅がはじまる。

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